ホワイトスネイクはスタジオ・アルバムのほうがいい?84年来日公演

1984年マイケル・シェンカー・グループの来日公演で、ライブ初体験した少年に更なる朗報が舞い込んできた。

なんとこの年の8月ホワイトスネイクが来日してマイケル・シェンカー・グループが来た同じ会場にやって来るというのだ。

「スーパーロック IN JAPAN ’84」に伴う来日で、その足で少年の近くの田舎町まで足をのばしたということだ。

単独公演なのにパンフレットは「スーパーロックIN JAPAN ’84」のものだったのだから(笑)。

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ホワイトスネイク唯一のギター1本の来日公演

マイケル・シェンカー・グループのライブですっかり舞い上がっていた少年は、ホワイトスネイクのライブにも意気込んでいた。

発売されていたアルバムはほとんど聞いていた。

それにデイヴィッド・カヴァーデールはもちろんのことコージー・パウエルも参加していたというのが大きかった。

この時期のホワイトスネイクは「スライド・イット・イン」が最新のアルバムであり、メンバーを一新してまさに脱皮の真っただ中であった。

期待していたライブは、新曲の「GAMBLER」から始まり、前半は最新アルバム「スライド・イット・イン」からの選曲で、途中ギター・ソロとドラム・ソロを挟んで古い曲が演奏された。

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ホワイトスネイクの気持ちは「スーパーロック IN JAPAN ’84」⁈

会場は今回も凄い熱気だったが、少年の心にはあまり響いてこなかった。

念願のコージー・パウエルのドラム・ソロも見れたし、デイヴィッド・カヴァーデールもいるし、条件は揃っているはずなのだが、イマイチ、ピンとこなかったのだ。

時間的にも90分ほどでさっさと切り上げていったし、なんか会場の熱気とは裏腹にメンバーに気合が感じられなかった。

そう、まるで消化試合のような…。

勝手な推測だが「スーパーロック IN JAPAN ’84」に全力を注いで単独公演は少々気が抜けていたのではないか?

それと真夏の移動でバテ気味だったのかもしれない。

イチバン若いジョン・サイクスが元気でいいプレイを聞かせてくれたのが救いだった。

まとめ

正直言って、ライブよりスタジオ・アルバムのほうがいいなと思った。

しかし、今になって思うのは、やはりこの時期のホワイトスネイクの来日公演を見ておいたよかったということ。

たとえ「スーパーロック IN JAPAN ’84」の消化試合だったとしてもだ。

このメンバーはホワイトスネイク史上最強だったように思う。

ずっとギター2本でやってきているが、ギター1本はこの時期だけだ。

ジョン・ロードがいないというマイナス面はあるものの新しい船出にとても新鮮な時期であったように思う。

この日のセットリストは「スーパーロック IN JAPAN ’84」と同じだったと記憶している。

「Live in 84: Back To The Bone 」というタイトルで、CDとDVDで発売されているので、興味のある方はぜひどうぞ。

その後何度もホワイトスネイクの来日公演は何度か見たが過渡期ともいえるこの時期のホワイトスネイクはレア感が非常に強い。

振り返れば一瞬の真夏の夜の夢であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 <スーパーロック JAPAN ’84> ホワイトスネイク
1.GAMBLER
2.GUILTY OF LOVE
3.LOVE AIN’T NO STRANGER
4.READY AN’WILLING
5.SLOW AN’ EASY
6.CRYING IN THE RAIN
7.GUITAR SOLO
8.SOLDIER OF FORTUNE
9.DRUM SOLO
10.AIN’T NO LOVE IN THE HEART OF THE CITY
11.DON’T BREAK MY HEART AGEIN

スーパーロック ’84+ジョン・ロード:ホワイトスネイク最終公演 [ ホワイトスネイク ]

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