はじめてクラシック・ギターの超一流の演奏を聞いた少年は、ロックと並行してクラシック・ギターのレコードも聞くようになる。
やはり衝撃を受けた山下和仁のレコードを聞くことが多かったが、コンサートからわずか数か月経った頃、また山下和仁がこの街でコンサートでやって来ることが決まった。
しかも今回は、ソロ・リサイタルである。
早速少年は、発売と同時にチケットを取った。
かなり前の席で、5列目ほどだったと記憶している。
今回は、山下和仁のドヴォルザーク「新世界より」について振り返ってみたいと思う。
山下和仁のドヴォルザーク「新世界より」全曲演奏
コンサートの目玉は、ドヴォルザーク「新世界より」のギター独奏による全曲演奏である。
全4楽章からなるこの大曲をいったいどうやってギター1本で弾くというのか?
それまでは、第2楽章のみアレンジしてギター1本で演奏されることはあったが、まさか全曲演奏するギタリストがいるとは…。
コンサートは、前半が古典から現代曲まで幅広くギターの曲を取り上げ、休憩を挟んで、ドヴォルザークの「新世界より」を全曲演奏するという構成であった。
ソルのモーツァルト「魔笛の主題による変奏曲」で始まったコンサートは、前回見た時と同様、鉄壁のテクニックに支えられた演奏で、タルレガの「アルハンブラの思い出」、J.S.バッハの「プレリュードとフーガ、アレグロ 変ホ長調」と物凄い緊張感にあふれた演奏が続く。
演奏中、体が椅子から離れ、宙に浮くアクション(?)も健在だ。
山下和仁が放つ緊張感が会場を包み込む。
音色のコントロールも変幻自在でギターが持つ表現力を目いっぱい引き出そうとしているかのような演奏であった。
そして休憩を挟んでのドヴォルザーク「新世界より」が始まる。
前半よりもさらに緊張感が増しているような気がする。
それもそのはず、山下和仁本人も「新世界より」を発表するにあたり、緊張していたというのだから。
それにしてもなんという演奏なのだろう。
凄すぎて何をやっているのか少年には理解できない。
オーケストラでやっていることをギター1本で表現できますよ、というような意気込みを感じた。
それに挑む気迫というか姿勢に圧倒された。
まるでギターでサーカスをしているような山下ワールドというしかない、この人にしか出せない世界が確かに展開されていた。
演奏が終了した時にはロックを聞き終えたような感覚もあった。
山下和仁が持っている新しいものへチャレンジする精神がロック・スピリットと共通するものがあるのだろうか?
前回以上に山下和仁というギタリストの衝撃を受けた少年は、しばらくその衝撃を忘れることができなかった。
ギターの可能性を信じて
このコンサートのパンフレットには、以下のような山下和仁のコメントが掲載されている。
「小さい頃よりギターによって、従来よりもっとダイナミック、シンフォニックな表現方法を用い、さら
に現代感覚に富んだ演奏をしたい、そして独奏楽器として最も表現力豊かと思えるギターによって、もっ
と長大な大曲を演奏しギターの新しい世界を追及してみたい、そしてもっと芸術の本質に迫る演奏をした
い。ギターの可能性を信じて、精一杯の演奏をしたいと思う。」(山下和仁)
ドヴォルザーク / 交響曲第9番 「新世界より」(全曲)ギター:山下和仁
山下和仁のドヴォルザーク「新世界より」~まとめ
今回は、山下和仁のドヴォルザーク「新世界より」について思い出話も交えていろいろと振り返ってみた。
その後、山下和仁によるドヴォルザーク「新世界より」がCDと楽譜で発売された。
CDはすぐ購入し、楽譜も発売されたが到底無理と思い、パスした。
もうずいぶん古いアルバムになってしまったが、天才山下和仁の不滅の金字塔としてドヴォルザーク「新世界より」をおすすめしたい。
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